構音訓練では、音の産生の前に舌のリラクゼーションを行うことが多いです。
舌が緊張した「やせた舌」と脱力した「太った舌」を交互に繰り返したり、あくびため息法などで身体全体の脱力を図る場合もあります。
訓練者を模倣することが難しい場合には鏡でのフィードバックが有効です。
脱力した「太った舌」は、舌縁が左右の口角についている状態です。これが可能になれば、呼気の流れのコントロールを行います。
この舌の脱力からはじめる/s/の産生訓練例を紹介します。
私が経験した誤りの例では、①構音点が同じで舌尖と歯茎の狭めが維持できず
に接触して破裂音/t/に置換(サ→タなど)あるいは近い音に歪む。
②破擦音化して/ts/に置換(ス→ツ)あるいは歪む。③構音点の後方移動と破擦音化して/tʃ/に
置換(シ→チ)あるいは歪む。④側音化構音がみられる。が上げられます。
①の場合、摩擦による雑音成分が産生できる舌尖と歯茎との間隔を保てるよう
になることが目標となります。
舌の脱力ができるようになって、上顎前歯と前舌でつくる摩擦音/θ/を導入します。
音(both)の説明は難しいですが、舌を平らにして下口唇まで出し、上顎前歯との隙間から呼気を出すように指示します。
そのとき、手のひらを口唇の前にかざし、「涼しい風」が出ているか確認します。
狭めが保てない場合は、ストローを利用して舌尖と上顎歯列で挟み、呼吸に合わせてゆっくり呼気ー吸気を行っています。舌尖のコントロールができるようになれば、
徐々に舌を歯列の裏まで後退します。/θ/が可能となったら、母音と結合します[1]。
口型が変わりにくい狭母音/ɯ/から開始するのがよいと思います。
②の場合、/s/は構音可能なので/t/を消去していきます。/tsss:/のように持続します。
弱く小さい音から徐々に大きくして/s/を意識するようにします。
③の場合、①に準じます。
構音点の違いを図1, 図2 のように「手を舌と上顎に見立てたモデル」を呈示して説明したり、「舌がくっつかないように隙間を作るよ!」などと声かけを行います。
また、図3 のような「発声発語・嚥下器官模型」を用いて鼻腔・口腔内などの構造や機能の説明と子ども自身の口腔器官の位置関係を確認することことができます。以前、訓練を行ったお子さんが自分で手のモデルを真似ながら話している場面を見て「あー、理解して実践してくれていたんだ。」と喜んだことがありま
した。
④の側音化構音は異常な構音操作のひとつで、舌が側方に寄って口蓋あるいは口蓋中央に接するため、呼気が中央から出られず側方から出る歪み音です。イ列音に出現しやすく、摩擦性の雑音を伴った独特の歪みが聴取されます[2]。極端に言えば/ʃi/(シ)が/çi/(匕)に近い音に聴こえます。口元を観察すると、構音時に口角や下顎が一側に引かれ、口唇の偏位が見られたり、舌尖はその反対側への偏位が観察されることがあります。呼気の出方は鼻息鏡(図4)で観察できます。
所有の鼻息鏡は85mm×115mm のステンレス製板に半径10mm 単位で80mm までのラインと中心から左右45 度のラインが刻印されています。本来、鼻腔からの水蒸気による曇り具合で通気性を診断するものですが、この鼻息鏡の中心をオトガイ唇溝(下口唇下部のくぼみ)に軽く接触させ構音すると、呼気の出方が分かります。
通常の構音では呼気は正中付近が曇り、側音化された呼気は斜めに曇ります。基本的訓練は①に準じますが、子どもの前方に目標物を置き、そこに向けて柔らかい音を出すイメージで練習することもあります。
訓練に使う音は単音や単音節から始め、目標語に母音を付けた無意味音節や無意味語、単語、文字カードを使った語想起課題のなかで構音訓練を行うこともあります。
これまで、構音障害の概要と検査や訓練の一部をお伝えしてきましたが、両唇音(/m//p//b/)や 軟口蓋音(/ŋ//k//g/)の構音が難しく発語明瞭度が低下している場合や、構音障害以外の発声発語の 障害である「音声障害」と「吃音」、意図した音節を実際の音声として実現できない「失構音(発語失行)」 様の発語なども経験を含めて、また機会がございましたら、お話しさせていただきたいと思っています。
次回は「学習支援の現状」についてお伝えさせていただきます。
参考文献
[1] 小寺富子 , 言語聴覚療法臨床マニュアル , 共同医書出版社 , 2004, 363p. [2] 本間慎治 , 機能性構音障害 , 建帛社 , 2001,52p-54p,110p-111p.
ベルアージュ 言語聴覚士 正原 勇治